「1000年に一人の美女」と言われている橋本環奈さん。
デビューする前に「奇跡の一枚」と呼ばれた写真があることは、皆さんもうご存知かと思います。
その「奇跡の一枚」と呼ばれる理由には「美少女過ぎて奇跡」という意味以外にも、実はもう一つの理由や経緯がありました!
今回はその理由と、「奇跡の一枚」を撮影した人は誰なのか!?
詳しく紹介したいと思います!
橋本環奈の奇跡の一枚と呼ばれる理由とその経緯を分かりやすく解説!
「奇跡の一枚」というのは、橋本環奈さんが2013年の当時中学3年生の時に、地元福岡の博多リバレインで開催されていたイベントに出演しました。
イベントには『Rev. from DVL』のメンバーとして参加し、その時に撮られた写真になります。
「奇跡の一枚」がインターネット掲示板の『2ちゃんねる』や『Twitter』などで急速に拡散されたことによって、「かわいすぎるローカルアイドル」「天使」や「1000年に1人の逸材」として注目を集めるようになったのです。
まさに天使の可愛さですね!
この写真を見て、橋本環奈さんに一目惚れをした映画プロデューサー井上伸一郎氏は、直談判して映画『セーラー服と機関銃-卒業-』に橋本環奈さんを主演に抜擢しています。
「奇跡の一枚」が橋本環奈さんがブレイクするきっかけとなりました!
この「奇跡の1枚」に関して、橋本環奈さんが2019年8月23日の『アナザースカイⅡ』に出演された際に詳しく語っています。
実はこの写真が撮られた時の曲では、本来、橋本環奈さんは身長やバランスの関係で出演が無くなってステージに立てなかったそうです。
それが涙を飲むほど悔しい思いをし、この時のステージがたまたま広かったため「端っこの後ろでいいから」と懇願して、どうにかステージに立たせてもらえました。
この写真にはその時の強い思いや「気持ちが出ていたかもしれない」と語っています。
実はこの写真が撮られた際の曲では、本来橋本は「身長やバランスで(出演が)無くなって」ステージに立てないはずだったのだという。「それがすごい悔しくて」と涙を飲む思いをしていたそうだが、この写真が撮られた際のステージがたまたま広がったため「端っこの後ろでいいから」とどうにかステージに立たせてもらえたそう。
この写真には「気持ちが出ていたかもしれない」とその時の強い思いが写真に写っているとうなずく場面も。引用:2019年8月24日 モデルプレス
いろんな偶然が重なって撮影された、まさに「奇跡の一枚」だったのですね!
橋本環奈の奇跡の一枚を撮った撮影者は誰?
いろんな偶然が重なり橋本環奈さんの「奇跡の一枚」となった写真を撮影したのは、一体誰なのでしょうか!?
実は「奇跡の一枚」を撮ったのは、プロではなくアマチュアのカメラマンでした!
名前は「博多のタケ」さんという方で、博多では有名な方のようです!
博多のタケさんは普段は会社員で、福岡のローカールアイドルを中心に応援している方です。1イベントで600枚、年間20万枚以上の写真を撮っています。
ある意味もうプロのカメラマンですよね!
ちなみに、ブログやTwitterもやっているようです。
ブログにはローカールアイドルを中心に綴ってあり、アクセス数は1日に3000から多いときでは10000以上あるようですが、2019年11月を最後に更新をストップされています。
また、2015年6月10日に放送されたバラエティ番組『マツコ&有吉の怒り新党』で橋本環奈さんの奇跡の一枚の撮影者として博多のタケさんが出演されていました。
博多のタケさんが目をつけているローカルアイドル3組を紹介しています。
ローカールアイドルの中には、博多のタケさんに写真を撮ってほしいという人が多いようです!
そして、「奇跡の一枚」について2015年5月20日の『Yahoo!ニュース』に取り上げらた時には、「奇跡と言われますが、奇跡を起こすのは僕ではなくアイドルたちです」ととても謙虚な発言をされていました。
博多のタケさんのブログには「奇跡の一枚」の元ネタがあります。
博多のタケさんのブログからも伝わりますが、純粋にアイドルが好きで売れて欲しいという応援も込めて、アイドルを撮影し続けているのでしょう。
そして、写真の完成度も橋本環奈さんが踊っているのにも関わらず、ピントが合っていて素晴らしいと話題になっています。
博多のタケさんの思いや、そういったカメラの技術の凄さもあり「奇跡の一枚」と呼ばれているのでしょう!
まとめ
以上、橋本環奈さんの「奇跡の一枚」と呼ばれる理由や、撮影者についてご紹介しました!
「奇跡の一枚」と呼ばれる理由には、橋本環奈さんのとても悔しい思いがあったからだということが分かりました。
あの時ステージがたまたま広かったから踊れていたけれど、ステージがいつものような大きさだったら踊れていなかったかもしれませんね。
また、撮影者である博多のタケさんが撮影していなかったら、あんな完成度の写真もできていなかったのかもしれません。
様々な偶然が重なった「奇跡」で撮れた写真だからこそ「奇跡の一枚」と呼ばれ、今でも話題となるのでしょう。
最後まで読んでいただきありがとうございました。